本場ドイツの味を求めて

by Robert Gilhooly
本場ドイツの味を求めて 本場ドイツの味を求めて:「純粋令」を守る北海道の地ビール醸造所

小樽には紛れもなくヨーロッパの趣があ る。北海道の南西に位置するこの 港町では、標識が日本語、英語、 ロシア語で書いてあるし、かつて栄え たニシン漁業は、ポルトガル風のガラ ス工芸に取って代えられている。スイスとオランダの影響を 受けたオルゴールも小樽で人気の工芸品で、形も大きさも 驚くほどたくさんの種類が作られている。

Centuries-old Reinheitsgebot recipes produce Dunkel (this picture), Pilsner and Weiss plus an Octoberfest beer and rauch (smoked) varieties.

Centuries-old Reinheitsgebot recipes produce Dunkel (this picture), Pilsner and Weiss plus an Octoberfest beer and rauch (smoked) varieties.

小樽のキャッチフレーズは『東洋のベニス』。ビクトリア 朝風の街路灯が両岸に並ぶ絵のように美しい運河や、市 のトレードマークである石造りの倉庫。なるほどこれは一理 あるうたい文句なのだろう。ちなみにこの倉庫は1920年代 に、ロシアとヨーロッパを相手にした穀物取引で、小樽が 中枢の地だったころに建てられた。

しかし小樽でもっともヨーロッパ的センスを感じるのは、こ の倉庫群の最初の一棟に入ったときだ。<小樽ビール>は 「倉庫No.1」の内部にある。バイエルン州からそのままやっ て来たようなドイツ流の醸造所である。

指揮を執るのはブラウマイスター(醸造責任者)のヨハ ネス・ブラウンさん、小樽に住むたった一人のドイツ人だ。 1994年に、醸造用の機器を船で運んで日本にやって来た。

ブラウンさんにとってもっとも価値のあるアイテムが、醸 造所入口そばの最高の場所に飾られている。ひとつは 1610年にフランクフルトとデュッセルドルフの中間にある小 さな村、ブラウンフェルスに建てられた一家の醸造所を写 した写真。もうひとつは“ラインハイツゲボート”、有名な『ビー ル純粋令』の写しだ。

「純粋令はビールの製造法を定めた、約500年も前の 条例です。ドイツには今でもこれに従っている醸造所がた くさんありまして、私たちもそのひとつです」。43歳のブラ ウンさんはこう語る。「この醸造所でも、条例に完璧に従っ ています」

12歳のときから一家の醸造所の手助けを始めたブラウ ンさんは、きっちりと定められた徒弟制度の途を辿り、業 界の一流どころヴァイエンシュテファン社で醸造技師にな る勉強を始めた。世界最古のビール醸造所である同社は、 ドイツでもっとも有名な醸造ビジネス専門の大学を後援し ている。

Otaru Beer’s microbrewery beer hall is located in a historic fishing town’s old stone warehouse.

Otaru Beer’s microbrewery beer hall is located in a historic fishing town’s old stone warehouse.

その後、ドイツのビールメーカーのヘニンガーとレーベン ブロイで働き、さらにスコットランドに渡って、エジンバラの ヘリオット・ワット大学でウイスキーの蒸留を学んだ。

ここを卒業すると、スコットランドのウイスキー製造業者 では最大手のユナイテッド・ディスティラーに、技師兼トラ ブルシューター(問題が起きたとき原因の所在を特定する) として働いた。

1994年、小樽を本拠地にする実業 家によりブラウンさんはスカウトされる。 酒税法が改正されてビールの最低製 造量基準が緩和されたため、この実業家は地ビールを製 造する醸造所をオープンしたいと考えたのだ。日本の文化 も言葉もなにも知らなかったが、醸造業の家系の生まれ で、研ぎ澄まされた技術の持ち主であるブラウンさんは、こ のチャンスをがっちり掴んだのである。

「当時、日本では大手4メーカーが2種類のビールを製造 していただけでした。これは素晴らしいチャンスだ、この高 度に発展した国に様々な種類のビールを導入しようと思い ました」

純粋令のもと、数世紀も前に明確にされたレシピを用い て、ブラウンさんはドンケル、ピルスナー、ヴァイスという3 種類のビールと、オクトーバーフェスト・ビールやラウヒ(スモー クフレーバー)を始めとする季節のビールを多数造り始めた。

ブラウンさんのビールはあっという間にヒット作になった。 「ピークシーズンにはラインアップを入れ替え、開店時間 を短くせざるを得ませんでした」、と当時を振り返る。今でも 夏の繁忙期には地ビールを味わおうという人々が列をなす。

商品の人気も定着し、レストランチェーン<びっくりドン キー>と契約を結んで、専用のオーガニックなビールを製 造するようになって、ブラウンさんは小樽からほど近い銭函 に2番目の醸造所を開く。

原料はオーガニックなものだけを用いる。良質の大麦と ホップはドイツから買い付け、小樽の澄んだ軟水を使う。

これ以外の原料は酵母だけで、ブラウンさんが育成する。 小樽ビールは、生も瓶入りも「倉庫No.1」の近郊100キロ 圏内でしか手に入らないのにはそういう理由があるのだ。 「私が目指すのは純粋なドイツビールを作ることです。こう いうビールを飲むために、人々が醸造所やそのそばにやっ て来るところもやはりドイツ流ですね」

「私たちのビールは酵母、ミネラル、ビタミンを豊富に含 んでいてヘルシーなのですが、賞味期限が短いのです。大 手ビールメーカーでは酵母とタンパク質を濾過して取り除くの で長持ちしますが、味わいがずいぶん軽くなってしまいます」

Entrance to the microbrewery beer hall

Entrance to the microbrewery beer hall

近年、日本の大手メーカーはこの濾過工程をさらに進め て、2004年に市場に現れた、大豆などを原料とする、いわ ゆる「第三のビール」へ顧客の顔を強引に向かせようとして いる、というのがブラウンさんの考え。

今ひとつパっとしない経済の最中にあって消費者が財 布の紐を締めた結果、モルトを原料にするビールを尻目に、 これらの安価な飲料の出荷数は増えている。

本物のよさがわかる顧客を捉え、本物のビールへの理解 を深めてもらいたいとの気持ちから、ブラウンさんは小樽ビー ルの醸造所見学ツアーを行っている。またビールファンのク ラブを作り、月に一回メンバーが醸造所に集まる。

「日本ではビールは喉ごしが大切だと考えられています。 まずは喉を湿らせる飲み物、本腰を入れて飲み始めるまえ の飲み物ですね」とブラウンさんは言う。

「地ビールの醸造所にとって大切なのは、他のエリアに 拡大することではなく、きちんとしたビールを造ることで、多 くのお客さまを引き寄せ、本物のビールに対する理解を深 める環境を作ることです。そうすることで、この国のビール 文化を変えられる、私はそう信じています」