ベン・サゾールに見る自分を売りこむ方法
今と比べればはるかに先行き不確かな未来のために、“世界最高の仕事”を離れる。大方の人なら、生活の一部であるジェットスキーと浜辺のバンガローを失って残念に思い、これからどうなるのか心配せずにはいられないだろう。
しかしベン・サゾールの場合はそうではなかった。世界規模のコンペティションを勝ち抜き、オーストラリアのグレートバリアリーフにある地上の小さな楽園、ハミルトンアイランドの管理人として島に上陸する前から、サゾールには未来のプランができていた。
「ええ、家を離れ、島を離れるのはつらかったですよ。島で友達になったランニングクラブやセーリングクラブの人たちにグッバイと言うのはね。でも私は普段からこれはひとつの経験、アドベンチャーであって、この仕事を始める前から私には次の計画があるのだとね」。サゾールはWIFMにそう語る。
イングランド南部、ハンプシャー州のピータースフィールド出身で、34歳になるサゾールは、“ベストジョブ・イン・ザ・ワールド”の応募者3万5000人を退けて、“世界最高の仕事”に就いた。オーストラリアの北東部にあるクイーンズランド州は世界遺産の宝庫。“ベストジョブ・イン・ザ・ワールド”とはそのクイーンズランド州観光公社が考え出したマーケティングキャンペーンである。そしてこのキャンペーンは当の観光公社の予想をはるかに上回る地球規模のイベントになった。 この仕事に就く前、サゾールはランドローバーを組み立て直し、1年間1人でアフリカを走り回った。慈善のための資金を集めるのが目的だった。その間、アフリカ大陸でもっとも高い5つの山々に登り、マラソン大会に5回出場した。だからクイーンズランド州観光公社の審査員がキャンペーンの一次選考通過者を15名に絞り込んだ当時、サゾールはフィジカル面でもメンタル面でも準備万端だった。
15名の選考通過者はハミルトンアイランドを囲む、透き通った海でのシュノーケリング、浜辺のバーベキュー、温泉を楽しんだ。しかる後に、ツーリストが目指すべき場所としてクイーンズランドをプロモートすべく、その体験をブログに記した。世界中の人々が固唾をのんで見守るなか、さらなる選考過程で一人また一人と落とされていく。
「今あらためて見ると、最初の応募ビデオこそ選考過程の一番難しい部分でした」。最近東京を訪れたサゾールはそう語る。「34,684人の応募者のなかから自分に気づいてもらうには、かなり特別なものが必要でした。最後の50名に残るのも大変でしたが、そこまで来れば、本当のベン・サゾールを知ってもらえるという手応えはありました」。
「実は、私のビデオは過去10年の私の生活を手短にまとめたものでしてね。クレージーなこと、慈善活動、ハードワーク、イベントの立案・管理などをやりました」。サゾールは続ける。「もっとも重要な部分はウェブサイトを運営することでした。前年アフリカに遠征した際ウェブサイトを運営していたため、クイーンズランド州観光公社の仕事をする資格を充分に備えていたと思います」。
ビデオをベースにして、イギリス人の最終候補者は3名に絞り込まれた。それぞれの候補者は、世間の注目を自分に集めるデモンストレーションをするように求められた。自分に注目を集められるなら、クイーンズランドにも注目を集める力があるはずだ。
「私はテムズ川の岸辺で離れ業を仕掛けました。『母の日』に2,000本のスイセン、20本のシャンペン、40本のワインをお母さんたちに配ったのです。白のタキシードにアロハシャツをいう出で立ちで、水遊び場にしゃがみ込んで――しかも3月の寒空の下でね(訳注:イギリスの『母の日』は5月ではなく、3月に『マザリング・サンデー』として行われる)」。
「メディアには大受けでした。なにしろフィナーレとして膨らませ式のエアマットに乗り、テムズ川を手で漕いで進んだのですから。これもトップでハミルトンアイランドに行くためでした」。
こうしてサゾールは世界中から集まった15名の競争相手とクイーンズランドで合流し、最終ラウンドを争った。世界のメディアが当てるスポットライトの下、ハミルトンアイランドを舞台にした3日間の最終ラウンドでは、あらゆる種目が繰り広げられた。性格検査から水泳の試験まで、あるいはブログの腕前から、インタビューを受けつつ温泉でリラックスする術まで、なんでも試された。
サゾールがハミルトンアイランドの管理人に就いて以降、グレートバリアリーフの島々を訪れた英国人は74%増し、日本人は60%増し、中国人にいたっては326%増しと急上昇した。観光客の数が増えたのはすべて自分の功績だというわけではない、と聞き手のガードを緩ませる持ち前の語り口で本人はそう話す。それでも通りを歩いていると、自分の顔がずいぶん知られるようになりました、とも認める。
「あのコンペティションの記事を見たのは、アフリカから戻ってわずか10日ほど経ったときでした。私はとにかく狙ってみようと決めたのです」。サゾールはアフリカ旅行中に、バンクーバー出身のスタントウーマン、ブレ・ワトキンズと知り合い、親しくなった。そのワトキンズと組んで、アドベンチャーの一部を紹介する短いビデオを作る。ビデオのなかでは自分の積極的な姿勢と、状況が困難になったときにその積極姿勢とうまく折り合いをつける能力を強調した。まさにクイーンズランドのマーケティング担当者がキャンペーン中に見たいと思っていたビデオそのものだった。
「勝ちは期待していませんでした。しかしできるだけのことはしました。たぶんそれがよかったのでしょう。あのとき招待されて、初めてオーストラリアに行くことができました。だから、行けただけで私には賞品でした」。
自分が選ばれたという感激が収まると、島で過ごした半年は熱気球の旅とスカイダイビング、それにスキューバダイビングばかりではなかったとサゾールは振り返る。
「大量のハードワークもこなしました。リーフにはおよそ300もの島があるのですが、なんとか62の島を訪れました。そうした旅行のかたわらにブログを更新し、宣伝キャンペーンを続け、私の活動実績を雇い主に満足してもらう必要があった。楽ではありませんでしたが、実に楽しかったですよ」。
「それにリーフのような売りものがあるのに、マーケティングが難しい理由などあるでしょうか?」。サゾールはそう問いかける。「ハンプシャー時代は農業用品の会社で土や草を売ったものです。それでアフリカ旅行の資金を作りました。ヤシの木や砂浜や夕日のプロモーションのためにね」。
サゾールは現在、ハミルトンアイランドの生活を日づけ順に綴った日記形式の本を書いている。「滞在中の話を書いてみんなを羨ましがらせ、自分も行ってみたいという気持ちになって欲しいと思ったので」。加えてサゾールは慈善事業として、全長2,575キロのグレートバリアリーフを10週間かけてカヤックで辿るという壮大な旅行を計画中だ。旅程の一部には教育を目的として子供たちが参加し、有名人やドキュメンタリーチームも同行する。
ベン・サゾールの考えることは、なにもかもスケールが大きいようだ。





